寺院案内

44番・大宝寺(だいほうじ)

2021年9月13日

大宝寺とは

住所‥愛媛県上浮穴郡久万高原町菅生2-1173-2 ☎0892-21-0044

43番・明石寺⇒(70.5km)⇒44番・大宝寺〔真言宗豊山派〕⇒(9.3km)⇒45番・岩屋寺

「ウィキペディアより」

(正しい表記は「大寶寺」)。44番札所で折り返し点にあたるため「中札所」と言われる。標高560m付近にあり八十八カ所中5番目の高さ。

寺伝によれば百済から来た聖僧が携えて来た十一面観世音菩薩を山中に安置したのが始まりである。大宝元年に安芸から来た明神右京、隼人の兄弟の猟師がその観音像を見つけて草庵を建てて祀ったといい、奏上を受けた文武天皇の勅命によって寺院が建立され、元号に合わせて寺号を定めたといわれている。弘仁13年(822年)に空海(弘法大師)が来錫、この際に天台宗から真言宗に改宗されたという。

仁平2年(1152年)に失火により寺は焼失、保元元年(1156年)、後白河天皇の勅使が天皇の脳の病気平癒を祈願したところ病が治ったため、天皇は妹宮を住職として下向させ「管生山」の勅額を送り、勅願寺として七堂伽藍を有する寺院として再興されたという。

その後、天正年間(1573年 - 1592年)には長宗我部元親の兵火で再度焼失するも、元禄年間(1688年 - 1704年)に、伊予松山藩主加藤嘉明などの支援で雲秀法師が再興し、松平の祈願所にもなった。明治7年(1874年)には三度目の全焼を被ったが、地元の人々によって再興を果たした。

本尊‥十一面観世音菩薩(おん まか きゃろにきゃ そわか)

詠歌‥今の世は大悲のめぐみ菅生山 ついには弥陀の誓いをぞまつ

 

①仁王門

昭和31年に再建されたもの。大草履は100年に1度取り替えられるとのこと。

②本堂

銅板葺きの本堂は大正時代に建築されたもの。

③大師堂

総檜造りの大師堂は宝珠寄棟銅板葺きで、両側から昇る珍しい形式で、昭和59年の再建。正式には「御影堂」で中央に額があり、左側に「弘法」の額がある。

④興教大師堂

⑤厄除観音像

⑥大師像

⑦地蔵堂

その他

・駐車場近くの水子地蔵尊

・鐘楼

下から見て左の鐘は太平洋戦争後に供養するために建てられた

下から見て右の鐘はもともとあったもの。納経所で戦時の供出とが関係している事を聞いた(石手寺との鐘に関係があるような…)。

・お地蔵様

・不動明王像

・境内から流れる沢

・ストリートビューによる境内の様子(360度)

-寺院案内

© 2024 ひかり たび Powered by AFFINGER5