遍路旅 雑記帖

四国遍路の補習・復習Ⅱ~#1

2022年3月19日

1月30日に「愛媛マラソン」が予定されていましたが、オミクロン株の蔓延により中止となってしまいました。しかし、飛行機は押さえていたので、マラソンの代わりに四国遍路の補習・復習旅に行って来ました。

今回の目的は、①お遍路で歩いていないルートの訪問、②三十六不動霊場巡りpart2です。

「かんきつ王国」の案内のある松山空港にやってきました!

〔不動霊場〕18番・浄土寺

11月に補習・復習で訪れた箸蔵寺が不動霊場(4番)で、酉年生まれの私の守り本尊=お不動様ということもあり、不動霊場巡りが始まりました。その時は、興隆寺(22番)、仙龍寺(26番)、萩原寺(28番)、本山寺(29番)といったお遍路でゆかりのある5つのお寺を巡り、残りは31カ所となっています。今回は愛媛県の他に香川県&徳島県の西部の不動霊場を半分は回りたいと思っています。(もちろんレンタカーで回ります)

1月28日の始めに訪れるのは松山の南、東温市の「浄土寺」です。伊予鉄道横河原線の見奈良駅(東温市役所最寄り駅)から南、重信川を渡って2kmほど行った所です。

東西に伸びる県道から南に入った所にありますが、88カ所と違って曲がるべきところに看板が出ていません。東側の広い道を南に進んでしまい、戻って来ました。本当に特徴の無い農地の間を進んだ所に「浄土寺」はありました。(奥に「いちご日和」という農園があるようです)

赤い旗と墓が並んでいたので辛うじて分かりました。

曲がるところに、佐古ダムの案内看板があります。

高台の駐車場に車を停めて境内に向かいます。特に、山門などはありません。

吹き流しがありますが、端午の節句ではないですよね…。

階段を上った左側の吹き流しの下にお不動様がいらっしゃいました。後ろには松山市方面の高層ビルと重信川に架かる拝志大橋を望むことができます。

左側の従者がわき見しているのが

左側に三十六童子の一人「利車毘童子」がお迎えしてくれました。四国不動霊場の共通キャラクターなので、「来たなー」という感じがします。

後ろには八重の椿が咲いています。

さあ、本堂でもお参りしましょう。本堂は簡素な造りですが、お寺は鎌倉時代の1274年に承久の乱(1221年)で戦死した武将の慰霊のために建てられたとのことで歴史があります。大日如来と不動明王がご本尊で、その他に老楽観音が祀られていて、長生きしたうえにほっこり安らかに往生できるとのことです。

伊予七福神の福禄寿も祀られています。

本堂右手に水子地蔵堂があります。

水子地蔵が多数いらっしゃいます。

さて、松山近辺で一つお参りを済ませたばかりですが、これから、東の香川県境まで移動したいと思います。

〔補習〕65番・三角寺から別格13番・仙龍寺まで地蔵峠を歩く

12:30過ぎになりましたが、88カ所巡りでは愛媛県最後の札所となる三角寺にやってまいりました。この辺りは11月に訪れた時に三角寺までのルートを確認するために近くに寄っており、何かと縁のある場所です。

歩き遍路をした際には、靴のかかとが減っていることから仙龍寺までの道のりは舗装路(地図の青線)を利用した訳ですが、今回は山道(地図の赤線)を利用して歩きたいと思います。→地図上の終点は青線が堀切トンネル(実際にはトンネルを抜けて県道5号を平山まで歩いています)、赤線が堀切峠(実際には三角寺まで歩いて戻りました)としました。

前回は三角寺までの途中のルート確認だけして素通りしましたが、今回はお参りをしてから仙龍寺に向かいましょう。車をこちらに停めるのでまた戻って来なくてはなりません。

お久しぶりです。

6月27日以来の7カ月ぶりの訪問です。

三角寺・本堂。

本堂に向かって左後ろから仙龍寺に向かう道が続いていました。12:47にスタートします。

小さな「遍路道」の案内札がありました。

民家の脇を抜けて行きます。

往来が激しかったら迷惑ですが…。でも、今は通る人もいないかな…。

舗装路を横切って、段々畑のような所を通ります。

よく石で作りましたね。

12:51。まだ、人里といった感じです。

登っていきましょう。

少し歩くと、眺めの良い場所がありました。眼下には松山自動車道と川之江と思われる町が見えていました。

登山用語でいうところの「カヤト」の原ですね。

12:55。いよいよ山道に入ります。

ところどころ木漏れ日がやさしい感じです。

「奥之院(仙龍寺) 五十六丁」の石碑がありました。

6km弱あるということですね。

お地蔵さんの丁石が右手にありました。

何丁かは壊れていてわかりません。

一部、勾配が急なところはありますが、歩きにくくはありません。

さあ、がんばろう!

ちょっと行った、涸沢のところで、70歳代の方が休まれていました。「仙龍寺まで行ったのですか?」と聞いたら「途中まで行って帰ってきたところ」とのことで、時々歩かれているようです。「やはり、奥之院まではここを通らなければ」というような事を言われていました。→そうですよね!

勾配が緩やかになった所で「檜平」の表示がありました。

ここは、歩きやすい!

13:28。三十丁の石仏のところで「甲斐の森」の表示がありました。

二十何丁も進んだ感じはしないけれど…。

すると、ほどなく舗装道路を横切ります。翠波高原に向かう道路のようです。13:30。

正面の斜面を登って行きます。

少し登ると、右側から林道のような道(先ほどの舗装道路からの道でしょう)と合わさります。

軽トラなら走れますね。

13:34。何かあるなと思ったら、いくつかのお地蔵様と「地蔵峠」の案内板でした。半分よりちょっと歩いた事になり、一番高い地点です。→スタート地点が標高350mぐらいなので400mアップしたことになりますね。

地蔵峠 標高765m。奥之院まで2.1km、三角寺まで2.6km。

反対側には「奥之院へ二十一丁」の石碑がありました。「毎晩御本尊大師さま」「開帳」「修行」「通夜をして御縁をむすび」とあるので、昔のご案内広告なのでしょうか。

立派な石で作ってあるので、昔は人流が多かったのでしょう。

明るい林の間を下りて行きます。

1月ですが陽の光がありがたいです。

10分ほど下ると、送電線の根元を通ります。へんろみち保存協力会の英語版のルートガイドで「Transmission Tower」とあるのは、これのことですね。

この付近に「馬場の桜」があるようです。

徐々に丁石の数も少なくなってきて「十三」になりました。

どんどん下りて行きましょう。

一旦舗装道路に出ました。13:52。

柵があるので人里に入りますね。

曲がってすぐに山道に戻されます。

案内板があり分かりやすいです。

すると13:56に再び舗装路をクロスします。

納屋のようなモノが建っていました。

道路から下ってすぐのところに「金光山 仙龍寺」の石柱と灯篭などが出てきました。

石柱には大正三年と彫ってあります。

少し歩くとお堂が見えてきました。「不動堂」です。14:00。

奥之院へ八丁の文字が見えます。お参りして行きましょう。

この先、仙龍寺まで下って行くのですが、14:09に通過した、次の写真のお地蔵様のところは両脇が谷になっているので、雨が降っている時など、慣れていない方は要注意ではないかと思います(山慣れしている方は全く大丈夫です)。

後光が射しているようです。日韓問題?!

後で分かったのですが、このお地蔵様は88カ所巡りになっており、仙龍寺の側が1番(霊山寺)になってるようでした。ですので、お地蔵様ではなく、お寺のご本尊だったのかもしれません。ただ、前の写真の要注意地帯から上にはなかったので途中までなのかもしれません。(何番までだったか忘れてしまいましたが…)

ようやく、仙龍寺の屋根が見えてきました。

最後の階段を下りて行きます。

見えてからが遠いのです。

仙龍寺名物の沢筋です。この沢が本堂前のトンネル内を滝状に流れ、脇を通って銅山川に注いでいます。

到着しました。

弥勒堂から眺める本堂。

「金剛護童子」が迎えてくれました。

お久しぶりです。

では、お参りさせていただきましょう。旅館のような風情のある建物にお邪魔します。

時間が止まっているかのようです。

お不動様のご朱印はいただいているので、今回はお守りを購入させて頂きました。

四国霊場で建物に上がって拝観するのは弥谷寺、香園寺くらいでしょうか。

さて、車を停めてあるので三角寺に戻りましょう。帰りは、堀切峠経由で戻りたいと思います。途中の不動堂までは往路と一緒です。14:43出発。

下から見上げると戻りたくなくなります…。

戻らない訳にもいかないので、頑張って不動堂まで歩きました。

15:06。不動堂から舗装道路に出る手前に石柱があり、「右 箸蔵寺 7里、雲辺寺 5里」と表示されていました。石段の上の舗装道路を右に進みます。

今では右の山道は通れないので、石段の上の舗装道路を歩く事になります。

舗装道路からへんろみちを見た図ですが、堀切峠からの来訪は考慮されていないらしく、クロスする左右に曲がる案内看板がありませんでした。

左下へは仙龍寺、右上へは三角寺に進むことになります。

途中、住人がいるのかどうかわからない建物が何軒かありますが、道路は途中までほぼ水平です。

舗装路を辿って行きます。

途中の分岐でちょっと登ります。

案内看板があるので安心です。

家が、そこここにありますが、住むには大変な山村です。

脇を通って行きます。

道は少々登り基調ですが、不動堂までの登りを考えれば大したことはありません。

天気が穏やかで良かったです。

15:20。道がダート気味になってきました。

まだ歩きやすいです。

3分ほど歩くと大嶽神社の鳥居が見えました。

道路はここに来る用だったようです。

道が完全に山道になりました。

多少登りもありますが…。

ある程度の高度まで達しているので、トラバース(水平移動)で歩きやすいです。

へんろみちの看板もあります。

西からの木漏れ日を浴びながら進むところもありました。

銅山川沿いの長い道のりを知っているので、思ったより快適です。

15:40に分岐に来ました。直進したほうが道がしっかりしていそうなので真っすぐ進みました。

ここは下り基調です。

途中、竹藪にはいりますが、すぐに舗装道路に出ました。見覚えのある堀切峠手前の直線道路でした。

ここを左に曲がります。

曲がった方から見ると、こんな風になっていたのですね。6月はこの舗装道路を下っていきましたので…。ただ、右に曲がろうにも曲がるポイントがわかりにくいし、不動堂のところの案内もないのでなかなか使用しにくいルートですよね。→実際、不動堂から堀切峠までのこのルートはへんろみち保存協力会のルートガイドにも載っていませんでした。

堀切峠に出るには良い道でした。

上で分岐した道は、どうやら前回紹介した「テル子錦秋山」のポイントに出て来るようですが、開発されたせいか道がわかりにくくなっている可能性がありました。→というのも写真の右側にへんろみちの案内があるのですが、歩けるところに表示されていません。

いつか見た景色です。

さて、堀切峠までは少々登りでしたが、ここから下って行きましょう。ちなみに、ここを左に曲がると往路で翠波高原に向かう道路とクロスしましたポイントに着きます。15:52。

翠波高原までは法皇ハイウェーと呼ばれますがあまり道は良くないようです。

16:03。ようやく三角寺からショートカットしてくるカーブ途中の分岐に着きました。

さあ、三角寺に帰りましょう!

三角寺には16:30を過ぎの到着でした。三角寺から仙龍寺までの道は、暑い時期や雨が降っている時でなければ意外と歩きやすいという事がわかりました。お疲れさまでした。

〔不動霊場〕27番・常福寺

できれば、今日中にもう一カ所、不動巡りをしておきたいところがあります。それは、この近くの別格14番・椿堂です。以前、ゆかりのお寺を回った時に不動27番・常福寺として案内されていたので気が付かなかったのですが、椿堂=常福寺でした。京都の嵯峨野"釈迦堂"にタクシーで行く時に"清涼寺"と言って分かりにくいのと同じ事でしょうか…。

さあ、快速を飛ばして5分前に常福寺(椿堂)に到着しました。

ちょっとした高台に建つ、個性的な楼門と石柱の入口です。

こちらのご本尊は延命地蔵菩薩と大聖不動明王です。不動明王像が庭先に建っておりました。

鮮やかな色ですね。

こちらが「虚空護童子」です。

他の童子にくらべで穏やかな感じがします…。

こちらが本堂になります。

南国チックです。

6月に別格の御朱印を頂いた際に、歩き遍路という事を告げたら納経料をお接待していただきました。そのお礼を告げようと思ったのですが、住職は大師堂で夕方のお勤め中でした。

「その節はありがとうございました」

さて、本日の行動は終了です。

お疲れさまでした!

さて、今日の宿は大歩危の「サンリバー大歩危」です。もう少しドライブを頑張ります!

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