雑記帖

浅草七福神めぐり~前編

2023年1月11日

2023年も始まって1週間が経ってしまいました。昨年は「下谷の七福神めぐり」をしましたが、今年は「浅草」に出没しようと思います。今回も自転車で出かけました。

今回の浅草七福神は、正式には「浅草名所(などころ)七福神」で、"七"福神めぐりなのですが、実際には九つの寺社をめぐります。なぜなら、「寿老人」「福禄寿」の寺社が2つあるからです。これは"九"が縁起が良いという古事に由来するようです。(詳しくは下記の「浅草名所七福神会」HP参照)うーん、大人の事情的なにおいを感じますが(阿波西国三十三観音が東部∔西部で66カ所あるような…)、神様2人分つゆだく大盛りになっていると解釈して早速行ってみましょう。

浅草名所七福神会HPより

①福禄寿(Ⅰ)‥矢先稲荷神社

地図では一番南に位置する「矢先稲荷神社」が自宅から一番近いので、こちらから始めることにします。場所は言わずと知れた「合羽橋道具街」の路地を西に1本入ったところです。東京スカイツリーが正面に望める「かっぱ橋本通り」に近いので、同じように眺められます。

ツリーを下の建物が邪魔していて残念…。

こちらは三代将軍・徳川家光が京都の三十三間堂にならって建立したのが始まりで、「通し矢」など弓矢の錬成がされていたとのこと。元禄11年(1698年)の大火で焼失して深川に移転してしまいましたが、「矢先稲荷」として再建されたそうで、もし火事がなかったら京都のようなお堂が現存していたのでしょうか!⇒いや、その時の火事で燃えなくても江戸時代は火事が多かったから無理でしょうね。

入口の鳥居。社殿は左側に建ってます。

こちらが社殿です。

社殿は中に上がることができます。天井画として「日本乗馬史」が描かれていてこちらは撮影が可能です。

ずらりと壮観!

社殿の脇の社務所で色紙を購入します‥一枚300円。ご朱印‥300円。9カ所めぐるとちょうど3,000円とキリが良い感じです。色紙の見本を見ると3行3列に9つのご朱印がきれいに並ぶので、"9"が良いんじゃないかと思わせられてきました…。そうそう、この七福神めぐりは下谷と違って期間に関係なくお参りすることができます。

"九"としたくだりが記載されている。

ちなみに、こちらから徒歩6~7分のところに"秋葉原"の由来となった「秋葉神社」がありますが、これはまた別の機会に…。

②寿老人(Ⅰ)‥鷲神社

今回は時計回りにお参りしたいと思います。続いては、11月の酉の市の起源でもある鷲神社です。徒歩だと公式には23分かかります。途中、合羽橋道具街を通るともう少しロスタイムが増えるのではないかと思います。

おおきな熊手がお出迎え。

境内は酉の市を開くだけあって広いです。古来、日本武尊が東征する折から祀られているとのことですが、古すぎで実感が湧きません。

茅の輪くぐりがありました。

社殿に鰹木(かつおぎ)があるのが印象的です。‥茅葺屋根だと重しの役割。

休日なので、多少行列ができていました。

こちらには幸運を呼ぶ「なでおかめ」が賽銭箱の上に置かれています。しっかりなでてきました。(コロナ対策アルコールあり)

鰐口の紐が邪魔してウインクに…。

社殿の左には神楽殿が建っています。朱色が鮮やかな神社です。

ポイントは左にある無料の給茶機。

境内で甘酒が100円で売っていましたが、お値打ち価格です。

給茶機が最大のライバルですよ!お茶飲んじゃったからなー。

叶鷲なるお祀りもアリ。

③弁財天‥吉原神社

鷲神社の南側から回ると徒歩でも5分ぐらいで吉原弁財天奥宮が見えてきます。赤い旗を立ててくれているので間違える事がありません。

これでもかと旗が建てられています。

元々は吉原神社とは別の施設で、昭和10年に合祀されたとの事です。

奥の建物が無人の祠。弁財天の仏像が祀られている。

こちらでは、関東大震災の際に多くの娼妓が焼け死んだり、この近辺にあった池で溺死したりしたそうで(490人)、供養のため吉原観音が建立されたとの事です。そういう背景もあるのか、不動明王を始めとする十三仏の像があり、歴史を考えさせられます。

数々の像が並んでいます。

この奥宮ではご朱印はいただけないので、北側に歩いて数分の吉原神社に向かいます。向かう時に台東病院の前で道が大きく右に曲がっていますが、これは"おはぐろどぶ"と呼ばれた逃亡防止の水路の跡になります。

こじんまりとしつつも、提灯を飾り立てた吉原神社が見えてきました。

こちらに先に着いたら奥宮の存在がわからないですね。

後の建物は区立台東病院で、旧都立吉原病院。現在は23区初の通常の区立病院ですが、始まりは娼妓の治療のための病院だったようです。

三角の千鳥破風がダブルになっています。

お参りを終えて、ご朱印をお願いしていると、社殿向かって左側からお囃子に合わせて舞を踊る方々が登場しました。境内を出たので後を追ってみましょう。

舞う、お狐様。

良いモノを見せてもらいました。「こいつは春から縁起がいいネ!」

リズム隊のみなさま。

さて、続いて隅田川沿いの橋場不動尊に向かいますが、大体25分くらいかかると思います。道中は、吉原のソープランド街や山谷のドヤ街と呼ばれたあたりを通りますが昔に比べると歩きやすくなっていると思います。

吉原大門付近。柳の街路樹は最近少ないのでいい風情です。

④布袋尊‥橋場不動尊(不動院)

公式HPでは先に石浜神社に向かう事になっていますが、そんな決まりはないはずなので橋場不動尊にやって来ました。

石柱の左右が駐車場なので広く感じます。

今回初めてのお寺です。こちらは不動院の名前のとおりご本尊は不動明王です。左の小さな祠にはお地蔵さんが祀られていました。

お寺か神社か確認してお参りしましょう。二拍手している方がいました…。

本堂に向かって右手に事務所があるので、こちらでご朱印をいただきます。

昔は右の木の存在があったのでしょうが、後ろのビルが大きい!

⑤寿老人(Ⅱ)‥石浜神社

不動院から徒歩5分ほどの石浜神社に向かいます。明治通りの辺りからは東京ガスのガスタンクが見えてきました。

通りの右手は、隅田川に架かる「白髭(しらひげ)橋」です。

鉄骨むき出しが逆に魅力の白髭橋。

白髭橋からはスカイツリーがキレイに望めます。

ナイスな天候でした。

さて、石浜神社に向かいます。川沿いで周りに建物がないので視界が広いです!

オリジナルの旗が並ぶ。

手前の鳥居(1779年作成)は上部の横柱(笠木)がカマボコ型なっているのが珍しく、奥の鳥居(1749年作成)は横柱の中央にある短い支柱(額束・がくづか)があるのが珍しいらしいです。いろいろ注目点はあるものですね。

親子連れが微笑ましい。

石浜神社は、742年に聖武天皇の勅願によって建立されたとのことです。

社殿には千木と鰹木が付けられています。

社殿に向かって右側にその他の神々がいらっしゃるのですが、その中に寿老人の姿がありました。

左から4番目が寿老人です。

社殿の下、隅田川寄りには富士塚がありました。浅草の浅間神社の富士塚と違ってこちらは登ってはいけなそうな雰囲気なので拝むだけにしました。

左は稲荷神社。

さて、徒歩で20分少々で次の今戸神社まで行ったのですが、三連休のため参拝と社務所が共に大行列になっていたので今日はお参りを切り上げたいと思います。

100人はいるのではないかと思われます。

帰って来て分かりましたが、今戸神社は「東京下町八福神参り」にも参加していて、縁結び推しで女性に人気が高いようなのです。

⇒後編

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