寺院案内

82番・根香寺(ねごろじ)

「ウィキペディアより」

寺伝によれば、空海(弘法大師)が弘仁年間(810年 - 824年)にこの地を訪れ五色台の五つの峰に金剛界の五智如来を感得し密教の修行にふさわしい台地であるとし、その一つである青峰に一宇を建立し五大明王を祀り「花蔵院」と称し、衆生の末代済度を祈願する護摩供を修法をしたと伝えられている。その後、円珍(智証大師)が天長9年(832年)に訪れたさい、山の鎮守である市之瀬明神の化身の老翁に、蓮華谷の霊木で観音像を造り観音霊場の道場をつくるよう告げられた。すぐさま円珍は、千手観音像を彫像し「千手院」を建てて安置した。この霊木は香木で切り株から芳香を放ち続けたことから、この2院を総称して根香寺と呼ばれるようになったという。

後白河天皇から勅願所として帰依も厚く繁栄したが、戦国時代には兵火にあい衰微した。しかし、慶長年間に高松城主・生駒一正が復興、さらに寛文4年(1664年)高松藩初代藩主松平頼重が再興した。なお、このとき真言宗から天台宗に改宗された。

江戸時代の初め頃、この地には牛鬼がいて人や家畜に危害を加えていた。そこで弓の名手であった山田蔵人高清[2]に退治を依頼した。高清は3本の弓で見事に牛鬼を退治した。高清は退治した牛鬼の角を切り取り、根香寺に奉納し菩提を弔ったと伝えられている。現在、根香寺にはその牛鬼の角と呼ばれるものと、牛鬼の姿が描かれた掛け軸が伝わっている。

本尊‥千手観世音菩薩(おん ばさら たらま きりく)

①仁王門

仁王門をくぐった後、石段を一旦下がり、また上って本堂に向かう。

②本堂

本堂を取り囲むように万体観音堂が造られているが、そのまま本堂にも抜けられる。

③万体観音

堂内に3万体余の観音像が祀られている。

④大師堂

⑤竜宮地蔵尊

海中より網で引き揚げられた地蔵石像を祀る。

⑥六角堂

延命地蔵尊を祀る。

⑦五大堂

大日大聖不動、軍荼利夜叉、降三世夜叉、金剛夜叉、大威徳夜叉の五大明王を祀る。

⑧白猴欅(はっこうけやき)

樹齢1600年、昭和50年頃枯れたため根を切り元の位置に保存。智証大師が当山開基の時、欅の木の下に山王権現が現れ、白い猿が下りてきて、大師を守護し創業を助けたとの事。

⑨水かけ地蔵

⑩役行者(えんのぎょうじゃ)像

当寺に役の行者の直接的ないわれはないとの事。

その他

・牛頭観音

・納経所付近

※牛鬼像は撮り忘れました。悪しからず。

-寺院案内

© 2024 ひかり たび Powered by AFFINGER5