焼山寺とは
住所‥徳島県名西郡神山町下分地中318 ☎088-677-0112
11番・藤井寺⇒(11.5km)⇒12番・焼山寺〔高野山真言宗〕⇒(22.0km)⇒13番・大日寺
「ウィキペディアより」
焼山寺山(標高938m)中腹の標高705m付近に境内があり、四国八十八箇所霊場で3番目の高さになる。四国山地の山深い所にあるため随一の難所として知られる。また、阿波霊場三難所の1つにも数えられ「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と呼ばれる。
藤井寺からの遍路道「焼山寺道」で行くと、長戸庵、柳水庵、浄蓮庵を寄りながら焼山寺に至る。そして、当寺を越えると名称は「一宮道」と変わり、約1km下ると杖杉庵がある。
寺伝によれば大宝年間(701年 - 704年)、役小角(役行者)が開山し、庵を結び蔵王権現を祀った。のちに空海(弘法大師)は、神通力を持ち火を吐いて村人を襲う大蛇がこの山に棲んでいることを聞き退治に向かった。大蛇は全山に火を放って妨害したので摩盧(水輪)の印を結びながら進むと、山頂の岩窟に閉じこもって抵抗した。そこで虚空蔵菩薩や三面大黒天に祈願すると大蛇を岩窟の中に封じ込めることができたため、そのお礼に虚空蔵菩薩を刻んで本尊とし一寺を建立したという。
足利尊氏は本寺を祈願所とし、江戸時代には徳島藩主蜂須賀家の帰依を受けていた。
本尊‥虚空蔵菩薩(のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おんあり きゃまり ぼり そわか)
詠歌‥後の世を思へば恭敬焼山寺 死出や三途の難所ありとも
①山門、大師像
②本堂
③大師堂
※撮り忘れです。(google殿 ストリートビューより)
④十二社神社
⑤多宝塔
⑥三面大黒天
⑦納経所
その他
・本堂前から方丈方向
・本堂前から納経所方向
・ストリートビューによる境内の様子(360度)